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私の戦跡めぐり
パラオ共和国(除、ペリリュー島)
日本から南西に約3,200Km、成田からの直行便で行くと約4時間30分、常夏の島パラオは世界中のダイバー憧れの島です。
サイパン島等のマリアナ諸島陥落後、アメリカ軍はフィリピン~沖縄~日本本土攻略のための重要拠点ペリリュー島を含むパラオ諸島を目指します。実際の激しい戦いはペリリュー島となります。日本の委任統治領となった南洋群島(内南洋)を統括する南洋庁がコロール島に設置されていた関係もあり、当時の遺構も多く残っています。ここでは、コロール島、バベルダオブ島を中心にその他ロックアイランドで訪れた戦跡をご紹介しています。ここに掲げたほかにもまだまだ戦跡・遺構はあるのですが、まだまだ周りきれていません。

コロール島Tドックに今も残る日本統治時代の公営プール跡

ロックアイランド群へ向けて海に出て数分すると旧日本軍の大砲陣地跡があります。一度も使用されていないとのことです。

ロックアイランド群の中の小島にある旧日本軍の燃料ドラム缶の貯蔵所で、この近くには沈没した船も多く沈んでいるそうです。

【特二式内火艇】
コロール島アサ ヒグランド外野フェンス奥に野ざらしになっている旧日本海軍陸戦隊のの水陸両用戦車

【特二式内火艇】
右後方から

【特二式内火艇】
砲塔部分

【特二式内火艇】
車両内部のハンドルが見えます。

【旧パラオ公園】
現在はショッピングセンターとなっています。

【旧南洋庁パラオ支庁庁舎】
現在は最高裁判所となっていますが、第一次世界大戦後は国際連盟から南洋群島を委任統治を任され、パラオ、サイパンほか広大な南方海域に渡る623の島々を統括していました。

【南洋庁パラオ支庁庁舎】
戦前の姿です。

【旧昌南クラブ跡】
現在はパラオ高校の門柱が当時を物語っています。
